Here Today特集1985 関西MODシーン

更新日:2021年5月4日

1986年Here today春号 関西MODS特集より 1986年東京の黒田学氏により発行されていたMODZINE HERE TODAYで関西MOD特集が組まれ、当時の関西を代表するMODバンドMersey Beat中戸氏、The Brighton 西川氏、京都のThe Chelsea内藤氏による記名記事およびSaturday’s Kidsに関する記事、その他関西のMODシーン関しての記述がありました。 その中から、Mersey Beat中戸氏、The Brighton西川氏、Chelsea内藤氏、Saturday's Kids、イッチュウの記事、Miida氏の記事をを文字起こしして転載いたします。


この記事のため、1985年8月25日に集合の号令がかかり、Saturday's KidsのメンバーとMersey Beat, The Brightonのメンバーが難波アメリカ村の三角公園に集結しました。 自分もVESPAで駆け付けました。 東京の雑誌に記事が載るからみんな集まれ、みたいな感じでした。

Saturday's Kidsはまだ出来たばかり。 実際に始動し始めたときですね。


今読んでみると、京都、大阪、神戸の各々の土地柄と気質がよく出ています。 バンドも同じく、Mersey BeatとThe Brightonの音楽性の違いも際立っていますね。 Chelseaはう一歩引いて冷めた目で、MODを懐かしがっています。 でも、大阪神戸はこれからって盛り上がるぞ!というところが、とても興味深いですね。 こぼれ話に書いた、大阪MODと京都のChelseaの揉め事の発端となった記事もあります。 自分は当時1986年当時、このHERETODAY(この前の号)を手にとって、このようなシーンが東京ですでにあることに衝撃を受け、大阪でもなにか作らねば!と思い作り始めたのがNew Directionです。

 


Here Today 関西MODSシーン特集




 


<About the Modern Style>

by:中戸靖仁(Mersey Beat)

(表現にふさわしくない部分がありますが、作者の意向と当時の背景を考慮しそのまま掲載します。)


俺の場合、パンク、ニュー・ウェーブシーンの中でThe JAMを知り、音楽的にはもちろん、思想的にも強い衝撃を与えられ、今に至っている。

そのThe JAMのスタイルが、いわゆるMODSといわれるSTYLEだったことから、その単語を知った。大阪では、まだまだそういうファッションの奴は少ないが、これからももっと増えて欲しいと思う。 MODSについて、ただのファッションなのか、それともライフ・スタイルそののものをさすのか、俺にはわからない。 俺自身は、好きだから3つボタンのスーツを着たり、ズボンのすそを絞っているのであって、それは、本人が楽しければ関係ないと思う。第一それがMODSだと定義すること自体、カテゴライズにとらわれていると思うし、もし俺の事をMODSの連中が、「あいつはMODSじゃない」と言ったとしても、俺はどうも思わないだろう。 ただ、The Jamというバンドには強いメッセージ性があり、The JAMを知ってから、俺自身、社会を見つめ直すようになった。 そういう意味でMODSの連中には、自分を失わず、いつまでも反骨精神を持ち続けてほしいと思う。 だって、ただ3つボタンのスーツを着ているだけじゃ、その辺のアホどもと変わらないのだから。 でも、とにかく俺は、MODS STYLEが大好きだ。そういう連中も大好きだ。これから音楽をやっていく上でも生きてゆく上でも、そのSTYLEに変わりないと俺は信じている。 多少、Fucking ageかもしれないけど。 Mersey Beat (G.Vo 中戸、B.山本、Dr.花石)

 


てっちゃんの関西ライブシーンにおける僕らの軌跡

By 西川てつや(The Brighton)

まず、バンドの結成は、1982年の4月、前から組んでいたメンバー同士で、みんなThe Jam,Who,Kinks,Small Faces等60’s beat大好きだったんで、ご機嫌なバンド名付けて、そういう音を出してみようと考えてできた名前が、The Brightonというわけです。1年ほどライブらしいライブはしなくて、1983年の9月に関西でもまだ無名やったのに、どういうわけか当時The Brooksにいたマジマ君と知り合って、東京のモッズ・ムーブメントの中心MARCH OF THE MODSに新宿で出演できたんです。


もーとにかく、その頃の東京も今の何十分の一シーンやったけど、ほとんどカルチャー・ショック的なダメージを受けてメンバーは帰ってきたのでした。で、その頃出会ったのが、大阪のビート・バンド “Mersey Beat”で、同じ関西のこんな近いところに割と同じような考えのばんどがいたのはとってもいい刺激になったね。 で、その年(1983年)のクリスマスにMersey beatの企画で大阪は天王寺の「不思議の国のアリス」というライブハウスで、ライブパーティーをやったんだけど。30-40人ほどのおきゃくさんが入ったんやけど、The Brightonの体験としては、関西で最初のMODSの集まった日のようですね。で、京都にも、VOX, MODERNSといういかしたバンドがいて、京都の進んだMODS達がライブに集まるというのを耳にしたのもその頃で、京都のMODSの子らと知り合って、”ZOOT CLUB”というMODSの集まりがあるというのを聞いたのもその頃でした。 でも結局、”ZOOT CLUB”の存在は、この目で確認できなかったので、いまいち、僕には幻なのですね。まっ、とにかく知らないものは知らないというわけで、これは仕方ないんだよね。まっ、それから時は流れて、The Brightonもおかげさまであちこちのライブハウスに出演できるようになって、月2回ぐらいのペースでライブをこなして、ご機嫌なMODS達がライブに駆けつけてくれていたんだ。 1984年夏ごろからTHE MODERNSが本格的に再出発したみたいで、京都のライブハウスに僕たちが見に行った時も京都のキッズたちが、かなりダンスして楽しんでいたね。でも、Mersey BEATはドラムの脱退(注:稲田氏)で活動が中止になってしまった。そんなこんなでthe MODERNSからの企画で、1月28日、京都アビ・Xで、The Brighton, The Moderns, Mersey beatという、それまでありそうでなかった組み合わせによって、”Reeady Stedy Gig”というライブが企画された。この時は、百人以上の動員があって、はっきり言って僕の知らないMODSがいっぱい来てた。ということは、探し出せば必ず、もっとでてくるんやないか、という希望も出てきたね。

で、The Brightonは自主製作レコードの製作に追われる毎日を送り、4月に無事発売!そんなこんなでお金が無くなり、1985年MODS MAYDAYには参加できず!噂では最高に盛り上がったみたいで、色々と聞いて、あー、いってたらよかったな、て感じ、でも関西ではMAYDAYの次の日に、“サイケデリックパーティー”と名付けた企画が京都の花石さんから持ち上がり(注:野獣庭園)The Moderns, Mersey beat, とうちと、モノラルズというバンドが出演。モノラルズはその時初めて見たけど、なかなかムードがあって、ご機嫌でした。しかもこの時、関西としては初の250人という観客動員数を記録!東京にはまだまだだめど、これで希望がまたまた見えてきたよ!その時に女の子が多かったので、僕は特にゴキゲン!めでたしめでたし・・・・・・。 と終わってと終わってしまっては仕方がないので。で、いったい関西シーンはどうなってるかというと、はっきりいってこれからなんだよ!実は1985MODS MAYDAYに行って、とってもカルチャーショックと感動を受けてきた連中がいて、とっても嬉しいことに関西でも何かしようという気持ちを持ってきたみたい、実はこの感動はボクらが初めて東京に行った時と同じ感動やと思う、とっても似てるねんね、で、この気持ちを持続してほしい、いつまでもパワーを持っていてほしいと思う。 で、その1つとして大阪ではMODS GROUP” Saturday’s Kidsが結成されて、気軽な感じでメンバーを集めているらしい。 ホント、MODSでなくても60‘s大好き、LODNON大好きだったら皆で集まって楽しもう!て感じですごく軽い感じで最高!とにかく関西、特に大阪では、集まるきっかけがちっともなくて、うちのLIVE観に来てもみんなバラバラやし、MODSもさがせば居るんだからこういった動きはホントに重要だと思う。とにかく同じ考えを持っている連中が集まれるというのはとってもいいことやと思うし、このSaturday’s Kids” 少しでもメンバーを増やしてほしいね。 こういうのが大阪に今まで無かったのが大阪MODS SCENE!で初めてこういう動きが出てきてこれからシーンを作り上げようとハリキッているのが、大阪のMODS SCENE!だと思う。 とにかくこれから、これからみんなで盛り上げる。これからSTART!なのが大阪MODS SCENEやと思う。京都の子らで入りたい子もSaturday’s kidsに入ってシーンを盛り上げるべきやと思う!




 

KYOTO・MODS・SCENE By:Shoji Naito

MODとして、Style, Movementを起こしてきた人たちは、京都では少数だが(MY FRIENDも含めて)関西では1番早く、記憶している限りでは5-6年前だったと思う。(もちろんそれ以前にやっていた人もいたそうだが・・・) 京都という土地柄か、保守的だったが、みんなMODとしてのSTYLEに誇りを持ち、スクーターにしても、常にオリジナリティを追及していた。 街でベスパが流行りだす頃には、ランブレッタに乗り換え、しかもSERVETAでは、妥協せず、INNOCCENTY。みんな、頑固なまでにこだわる、そんな姿勢が僕は大好きだった。 現在ではMODのSTYLEからリフォームしてしまった人も多い(大阪回りで流行ってきたからかもしれない、実は僕もその一人だが。) KYOTO・MOD・SCENE 今では活気を失ってしまっているが、ぼくにはすごく、いい思い出としていつまでも忘れないだろう。




Saturday’s Kids

By ミラクルイッチュー これはclubではなくて、大阪のあちこちに散らばっているMOD達を一人一人つなげて、知り合えるきっかけとなる交流の場になったらいいなと思って作ったんやけど。 現在仲間は、50人くらいで、この前そのうち40人くらいがアメリカ村に集まりました。 これからもちょこちょこぱーてぅーを開いたりして楽しくやっていきたいと思ってるねん。もっともっと仲間を増やして、そこら辺におる奴に、MODの存在を知ってもらいたいなぁと思ってる。

大阪のMODは、かっこばかりつけて気取ってる奴はおらんで。ワイルドさを持ってる。加須こそ少ないけど、これからどんどん力を付けてゆくやろね。





 

Kyoto MODS By Kads Miida (表現にふさわしくない部分がありますが、作者の意向と当時の背景を考慮しそのまま掲載します。) 京都の若者たちは・・・・・

京都は、土地がら自閉的なところがあると言われるが、やはり若者達にもそんな血が流れているようだ。確かに、東京やロンドンを気にしていたが、それ以上に「京都は京都どすェ。」ていう気うんが、みんなに感じられた。しかしそれも今から思うと、短所でもあった。それは、やはり極端な自閉、他のものをよせつけない。それよりか敵対視するみたいなところがあった。それは、京都の人間同士でもみられた。そのなところが、MOD中心の第一回目のイベントまでの長い年月ゆえんであったと思われる。又、長所といえば、土地にあったと言うか、京都の街、その他(いわゆる風土とでもいいますやろか)にあった独自のスタイル、文化を持つことが出来たことにある。 STYLE・・・・・ 何しろ20年前のことを追求するのだから、資料を集めるのも難しい、だからやはり、NEO MODSの影響が強い。それと、Quadropheniaの中からという形が始めとおもう。 京都の気候は冬の底冷え、夏の湿度の高さからNEOのきちんとした着こなしより、”本MODS”に見る、どろくささがMuchしたと思う。 Modsの代名詞ともなるパーカーは変わらないものの、それぞれその中は、baseを守って独自のSTYLEがあった。その皆の着くずしが楽しみであった、特に印象深いのは、色落ちたジーンズ、バックスキンのジャンパーなどがあった。 SCOOTER・・・・・

とにかく手に入れることが問題だった。京都は量的にも、あまり問題はなかった。 古いものを大切にするという風潮かどうかはしらないが、中古車の台数と質は、かなりのものだと思う。問題はお金、額は`、TEENAGERにとって、耳を揃えて出せるものではない。だから、皆の努力は涙ぐましものだった。 手に入れてからは、デコレーション。これは、外見よりあまり目の届かないところを、こちょこちょとさわるのがみんな好きだったようだ。 EVENT・・・・・

Ready Steady Gig 1985年1月27日、本格的に京都が中心になり、関西のモッドが集まったイベント(Ready Steady Gig)は、京都は王条にあるAvx(今はない)倉庫を改造して創られた、大きなライブフロアーで行われた。内容はLive中心、これまでModsを主体にしたイベントは、無かった。だから、この日、京都、大阪、神戸(その他)関西一遠のMODたちが集まって、1つのフロアーで顔を合わすのも初めてだった。

READY STEADY GIG at Avx

The Brighton

Mersey Beat The Moderns(Now Chelseas)


 

本特集は、大阪出身で当時東京の大学に行っていて、東京MODと大阪MODの架け橋になってくれた田沢さんのおかげで成立した企画でした。 それにしても、京都の方のアオリはすごいですね。 これを読んで、Saturday's Kidsの若頭はトサカにきて喧嘩というか、騒動になったわけですね。 でも、よく考えれば、離れていったんだったらわざわざ寄稿せんでもという気がしなくもなく、いわばツンデレだったのかな?と思います。 また、マージービートの尖って反社会的な部分と、The Brightonの楽しもう!との部分は対照的ですね。今the BrightonはBeat Gangとして活動されておられ、本日4月29日も配信ライブで元気で楽しいライブを見せてくださいました。 でも、どちらもMODのスタイルで共通し、大阪と神戸はこの2つのバンドのおかげで当時のMODシーンは活気のあるものでした。

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