Saturday's Kids上京物語

更新日:2021年5月2日

Saturday's Kids Mods Mayday86参戦記

よっしゃ、いざ東京に殴り込みや~。

1986年のMods MaydayはSaturday's Kidsにとってその年一番のイベントでした。

なにせMersey Beatが出演したのもありますが、一部の昨年参戦したメンバーを除き、ほとんどのSaturday's KidsメンバーにとってはMods Mayday初参戦だったからです。


1986年5月は、Kids Over Partyがその1週間前の5月11日、そしてMods Maydayが5月18日と、盆と正月が一気にきたような(他の表現はないのか?)月でした。


GWの後でなかなか休みがままならない時期であったにもかかわらず、自分はブラック企業で働いていたにも関わらず、果敢にも工場長に直談判して5月19日の有給を頂き、参戦できました。(だめと言われたらずる休みするつもりでいましたが。)他の社会人メンバーも、ズル休みするとか、いろいろな手を使い、翌月曜日の休みを確保して、(メーデーが終わるのは夜だから)参戦しました。総勢役10-15人程度だったかとおもいます。


新幹線の切符とホテルの手配は、Saturday's Kidsでは彼の右に出るものが居ない程、色んな分野にコネクションを持つフィクサーのトダカ氏のおかげで、ディズニーランド周遊チケット(でもディズニーランド抜き)で、往復のひかり号の乗車券、特急券と、新宿ワシントンホテルの宿泊券付きという、格安パッケージを手に入れ、5月18日当日は朝9時に大阪駅の千成瓢箪前で待ち合わせ(銀の鈴ではなく、あくまでも太閤はんの大阪です。)して、いざ東京へとでかけました。


もう、盛り上がりすぎてガラガラの車内の中で持ち込んだラジカセでテープをかけて乗車員に叱られたりするお茶目なイッチュウや、大声で話しまくる他メンバー。せっかくの水了軒の八角弁当も喉に通らないくらい興奮していました。 ひかり号の車内は朝早かったこともありガラガラで、ほぼ1車両の自由席はSaturday's Kids貸し切り状態でした。


ずっと喋りどおしであっという間に東京駅に到着。 東京駅に着いてからは、山手線に乗り換え新宿まで移動。 まずはホテルへチェックイン。 新宿副都心のワシントンホテルがあまりに立派なので一同驚き! Saturday's KidsTOKYO殴り込みメンバー(一部)


もう、自分たちはいつの間にか浪速の「どてらい連中」から「田舎のお上りさん」になっていました。東京は人が多すぎて、眩しすぎて目がクラクラでしたが、なんとか正気を保ち、無事チェックインを済ませて、次は買い物~というわけで、新宿アルタにあった、 MOD SHOP Switchへ。

ここでも、我々は大興奮!店員さんと話し、洋服を買い、と、東京での時間はあっという間に過ぎてゆきました。店員さんから「SKバッジくれよ~」みたいな事を言われた記憶があります。予備がなかったので差し上げることが出来なかったのですが、後で送ればよかったですね。でも他の人に気が効くような余裕は自分たちにはなかったのです。

そうこうするうちに、MODS MAYDAY開始の時間が迫り、渋谷LIVE INNに移動。 外に止められたデコレーションされたスクーターのかっこよさ!その数、もうしびれまくりながらも、自分はどうやってミラーやライトをフロントキャリアに付けているのかなどなど研究に余念がありませんでした。 いよいよ、Live Inn に入りました。

大阪から上京したメンバー、左から後のジュリー田中氏、2番目は後に スカフレームスに加わる大川氏


何が驚いたって、東京MODS達の数とMODガールのファッション!男性MODSたちはもちろんイカしたクールな連中がいっぱいいましたが、女性の格好の派手なこと!もう60年代のグラビアから出てきたような髪型と服装。もちろん浪速のモッドガールたちもおしゃれではあったのですが、東京の圧倒的な物量には勝たれへんなぁ。と、正直思いました。 浪速のどてらいSaturday's Kids面々(一部)

そうこうするうちにMODS MAYDAY86開催! まずはDJタイムということで、東京の名だたるMOD DJたちが1時間ほど気の利いたレコードを掛けまくり。会場は徐々に盛り上がってゆき、バンドが登場する頃には会場のテンションはかなりヒートアップしていました。


そしていよいよライブが始まる!

トップバッターは、我らがマージービート!!

黒田学氏のアナウンスを受けてマージビート登場。

1曲めはKid's like you. 我らSaturday's Kidsは前列に陣取りマージービートの演奏が始まると同時に踊りだした。 2曲めはRevellion to town. ホーン隊も加わり、大阪MOD達もノリノリ!(盛り上げるためと、俺等が大阪MODじゃい!てな感じで存在感を示そうと、肩にかなり力入ってました。)


Mods Mayday 86 マージービート。ライン録りの音源です! 表紙が85になってるのは間違いですのでご勘弁のほど。 当時の熱気がそのまま伝わってきます。

この日の出場バンドは、スカフレームズ、コレクターズ、 Brighton Blue Beats, High Style, Page Three , Standards. 当時の東京MODシーンを代表する錚々たる面々です。

バンドの演奏の間にはDJ達が気の利いたレコードを次々に回します。 会場は全くしらけることもなく、ボルテージは最高潮ままどんどん次のバンドに。 もうどのバンドも最高! めっちゃうまい。 あー、かっこよすぎる。 もう言葉にならない。 全身全霊で音と空気を感じていました。 映画「さらば青春の新宿」JAMより。自分も含め大阪MODたちが写っています。

Mods Maydayイベントは、DJタイムも含め5時間以上に及んだはずですが、少なくともその時までの人生の中で、かつて経験したことのないほど濃密で、充実した時間でした。 そして、あっという間に過ぎて行きました。 トリのStandardsの演奏が終わると、スクーターで駆けつけたMODの奴らと、Numbersの連中がスクーターランに・・・。数十台のスクーターがランに出かけてゆきます。

もう、最初から最後まで圧巻としか言いようがない。 全てがすご過ぎて飲み込まれてしまい、打ちのめされて放心状態でした。

ライブ会場を出てからも放心状態で、あまりにも踊りすぎて電車でホテルまで帰るのがキツく感じたので、タクシーを拾ってホテルまで戻りました。途中でコンビニに寄ってもらい、食材とビールを買いました。

ホテルに戻ってからはまた大宴会。 1つの部屋にみんなが集まり、そこにマージービートの連中も加わり、夜中までどんちゃん騒ぎ。苦情が出なかったのが不思議なくらい大騒ぎして、神経が高ぶりなかなか眠れない一夜を過ごしました。 ちなみにマージービートの連中も自分たちに紛れてホテルで1夜を過ごした。(もちろんタダで。)

この夜があまりにも楽しすぎたので、翌日どうやって過ごして大阪に戻ったのかは、全く覚えていません。 おそらく買い物とかして、草加せんべいでもおみやげに買って帰路についたんだと思います。 それほどMODS MAYDAY 86が衝撃的なイベントだったということですね。

この経験のおかげもあってか、その後のKids PverParty Vol.3にはコレクターズ、Vol.4にはThe Ace、Standarsを招聘することが出来ました。 こうして、大阪と東京は繋がりを持ち、その後の90年代以降の大阪―東京MODSシーンの変化につながってゆきました。 マージービート以降もThe Gear等の関西のバンドが東京のメーデーに参加する流れができたのです。 この時には思いもしなかったことです。 ちなみに、New Direction1号で「Anarchy and Destroyで乗り込もう!」なんて、威勢のいいことを言っていましたが、東京の規模はあまりにもすごすぎて、Saturday’s Kidsが、いくら頑張ろうが、背伸びしようが、到底到達できないシーンで、殴り込みどころか打ちのめされてしまったのでした。 By:鈴木博之

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